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シン帝国の衰退

ぶぇぇぇーーん。少し情けない声がご近所に響き渡る。犬の鳴き声にも、人の叫びにも聞こえるが、決してヤギの鳴き声だと判別する人はいないだろう声だ。

一年にわたり、われらがヤギ帝国のトップとして君臨していたシンちゃんの声だと思うと情けないような笑えるような、、、。

思い返せば一年前我が家に来たときにはとてもかわいらしい仔山羊の様相をしていたシンちゃんとマァちゃんの二頭も、3月には仔が生まれ、親になった。二頭の息子たちは、マァちゃんのあふれんばかりの母性と乳ですくすくと育ったが、シンちゃんはどこ吹く風。誰だ、これ?という目で見ていた。時にはエサを奪い合い、本気で小突いていたこともある。父親なんてこんなもんだよねぇと、そのお馬鹿さが逆にかわいかった。

5月になると、息子の一頭は近所に貰われていき、代わりに一頭のメスがメンバーに加わった。その奇抜な容貌と、少しツンとした立ち居姿にガガと名付けられたそのヤギはマァちゃんとの力比べに勝ち(体も少し大きい)、マァちゃんは少し控えめに行動するようになった。それでもシンちゃんはただ一頭の成雄としての地位は不動であり、連れ合いのマァちゃんの転落を気にすることもなく、気ままに生きていたのであった。

6月末には驚きの事件が起きた。ガガが一頭の子ヤギを出産したのである。うちに来た時から少しふくよかかな?と思っていたのだが、特に気にしていなかったので青天の霹靂、、、。ガガに似て、すらっとしたスタイルの仔は跳ねること跳ねること。母親にべったりだったマァちゃんの子供たちと違い、ガガの目の届く範囲であればダーッと駆けて行って、しばらく自由に遊びまわって、またあっという間に駆け戻る。その天真爛漫な行動にシンちゃんもあっけにとられてたようにポカーンと眺めては少し遊んでやる余裕を見せていたのだった。

しかし、5頭のヤギでは手狭になったこと、またマァちゃんがまたもや妊娠した兆候を見せ少し行動が粗暴な雄と同居させるのがよろしくないことなどの理由で、オスたちをまとめて移動させることにした。耕作放棄地の畑を一枚草場として借りたのだ。この移動にかかる顛末は別のブログで報告することとして、オス三頭が自由に(綱につながれずに)草を食める楽園にまた一頭成雄がやってきたのだ。ガガの弟シドである。少し大人しめで賢げな彼はやってきた当初からシンちゃんの猛アタックを受けることになった。おそらくシドが飼われていたところはほとんどが雌の群れだったので、その匂いがついていたのだろう。ふと気づくとシンちゃんはシドを追いかけまわし、求愛行動をとるのだった。シドは困ったような顔をしつつ、シンちゃんになすがままにされていた。

ところが、である。ある日シドは反旗を翻したのである。シドは環境になじむまでじっと我慢していただけかもしれない。ヤギのオス同士の戦いは、頭突き合戦である。しばらくの力比べの後、しっぽをまいたのはシンちゃん。体格でもやや小さかったのが災いしたのか、外の世界を知らず天狗になったのが運の尽きか、No.2の座に降りることになった。

それ以来である、冒頭の鳴き声をあげるようになったのは。エサを食べる時、遠くからメスヤギ達を眺めているとき、シドが牽制するように近づくと、決まってこの鳴き声を上げ逃げ惑う。シドが特段攻撃を加えているわけでもないのに、である。

 

頂点の座に立ち悠々としていたシンちゃんを思い出すと少し可哀そうに感じるとともに、今までが不相応だったのだから反省と精進をして頑張れとも思いながら、この鳴き声を聞く毎日である。

12月初旬追記。

その後シンちゃんの体も成長し、シドと互角に戦えるようになったのか、あるいは二頭が停戦協定を結んだのか、普段から悲鳴を上げるようなことはなくなった。しかし、おいしいエサを投げ入れたりすると、ガチンコの頭突き勝負をしており、それを見る限りは力は互角のようだ。